「苦労は買ってでもしろ」という言葉の意味を考えた年の瀬

すごい運転テクニックを披露する Isuzu ジェミニ の昔のCM詰め合わせ。同時に何台も絡み合いながら街を疾走していくシーンにかつて驚嘆した記憶があります。昔見た人には懐かしく、はじめて見た人には驚愕、そんなCMでしょうね。
ムービーはこちらから↓
Isuzu Gemini Classic Ad - YouTube
こういう映像は今となっては全部CGでつくってしまうだろうけど、当時はこれを実際にやっていたんですよね。OKを出すまでには何人もの人がエネルギーを注ぎ込んできたはず。ドライバーやメカニックだけじゃない、カメラや照明、交通や人の整理、役所との交渉、そもそものアイデアなどなどなど・・・。練習してメンテして、時間を気にしながら、時には危険な目にも遭いながら何度もトライを繰り返す・・・。
同じ映像どころかずっとずっとすごい映像になってるはずなのに、CGの場合はすごいとは思っても伴う感動が薄いような気がしていました。それは乗り越えてきた困難の度合いというか注ぎ込まれたエネルギー量を推察、あるいは理屈ぬきで感じとれる、そんな力が人間にはあるのかもしれません。
そうだとしたら、ぶつかった困難を器用に避けてきた人よりも、要領わるいとか不器用なヤツとかいわれても困難を乗り越えてきた人のほうが信頼を得られるのかもしれない。
同じ言葉を発しても、感動を与えられる人と薄っぺらく口先だけと感じる人がいるのはそういうことなのかも・・・。自分はいったいどちらなんだろう。願わくば前者となりたいけれど、どちらかというと器用な生き方をしてきたんじゃないかな・・・。
2008年、歩きやすいから選ぶような道じゃなく、進むべき方向で選びたい。たとえ孤独であってもいつでも凛とした生き方を選びたい。
来年もどうぞよろしくお願いします。
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